犯人よりも危険なのは”彼女”だった―――。
時々、映画好きの母親に連れられて前知識がゼロのまま映画を観に行く事があります。ある程度母親の勘を信頼しているのもあるし、「何も知らずに」観に行くワクワク感が楽しかったりするからです。
実際、以前観に行った『トランボ』なんかはもの凄く面白かった。
今回も若干の期待をしつつ、タイトルから勝手に「ブランドに関わる女性の物語だろうか」と想像しながら行ったのです。
全く違ったけどね!
パンフはこんな感じ。
やっぱりミニシアター系の映画のパンフはシンプルオシャレで好きです!右開きの真っ赤なデザイン、文字も白と黒のみでハイセンス。
価格は26Pで税抜き667円。まぁ普通ですね。
個人的に小説家の真梨幸子さんのコラムが載っていたのが嬉しかったです!
【映画情報】
【原題】Elle
【制作国】フランス、ベルギー、ドイツ
【監督】ポール・ヴァーホーヴェン
【脚本】デヴィッド・バーク
【原作】フィリップ・デジャン「エル ELLE」
【音楽】アン・ダッドリー
【撮影】ステファーヌ・フォンテーヌ
【出演([]内は役名)】
- イザベル・ユペール[ミシェル]
- ロラン・ラフィット[パトリック]
- アンヌ・コンシニ[アンナ]
- シャルル・ベルリング[リシャール]
- ヴィルジニー・エフィラ[レベッカ]
- ジュディット・マーグル[イレーヌ]
- クリスチャン・ベルケル[ロベール]
- ジョナ・ブロケ[ヴァンサン]
- アリス・イザーズ[ジョジ―]
- ヴィマラ・ポンス[エレーヌ]
【公開日(日本)】2017年8月25日
【上映時間】131分
【配給】ギャガ
【映倫区分】PG12
【IMDB】7.2/10.0 (およそ40,300人の評価)
【あらすじ】
ゲーム会社のCEOを務める女性ミシェルは、ある日突然、自宅に侵入してきた覆面男に襲われてしまう。何事もなかったかのように今まで通りの生活を送ろうとするミシェルだったが、襲われた時の記憶がフラッシュバックするようになっていく。犯人が身近にいることに気づいたミシェルはその正体を突き止めようとするが、自分自身に潜んでいた欲望や衝動に突き動かされて思わぬ行動に出る。【引用元:映画.com】
【感想】
☆3.2/5.0
ネタバレは無しで書いていきたいと思います。
蓋を開けたら不条理スリラー!
なんというか・・・非常に感想が、評価が難しい作品です。
ザ・フランス映画と言ってしまえば苦手な人には上手く伝わるかもしれません・・・。
非常に淡々としていて、物語上の起承転結は一応はあるものの、狙って作っているような”盛り上がり”が一切ありません。ただ、この人はこういう行動を取って、そしてこうなったよ。という流れを見せられているだけ、エンタメ的な見せ方はされません。
そして不可解で歪んでいて、”まともな人間が一人もいないのでは?”と思えるようなキャラクター達ばかりで、観ている側の価値観をガンガンに揺さぶってくる割には、観客が納得いくような「何故この人物はこのような行動を取ったのか?」という答えが一切用意されていません。どのキャラクターにもです。
しかしありがちな”雰囲気映画”とも少し違うので、私が観終わって最初に感じたのは「難解さ」でしたが。
散りばめられたブラックユーモア
多少の予備知識は必要かな、と思う理由として、これがあります。ブラックユーモア。
中年女性が自宅に侵入してきた覆面男に襲われている・・・という衝撃の場面から始まっている今作は、観る人にとっては非常に重たいテーマの作品に受け止めてしまう可能性があります。が、おそらくこの映画はそういう重いテーマを真剣に受け止めよう!と身構えると振り回されて混乱する可能性があります。
なんせ、
- 80近いであろう主人公の母親が若いツバメを囲っていたり
- 息子とその嫁(二人とも白人)の間に生まれた子どもの肌の色が明らかに黒人の血が入っている濃さだったり
- 作家である別れた旦那に近付いてきた女学生は、同じ苗字の別の作家と元旦那を間違えていたり
文章だけではあんまり雰囲気を伝えられませんが「ここって笑っていい・・・ところ?だよね?」と疑いながらクスッとしてしまう場面がけっこうたくさんあるんです。
超真面目な作品だと思って観ると、方向性が分からなくなってしまいます。少なくとも「笑える場面のある映画だ」くらいは思って観てもいいのかも。
モラルがハザードしていく
倫理観が崩壊していくという意味の和製英語に”モラルハザード”という言葉がありますが、本当にその言葉がふさわしい映画だな・・・と。
冒頭で男に襲われる主人公は、10歳の時に父親が”27人を殺害する”という凶悪犯罪を犯した直後に、一緒になって家のものを燃やしている・・・という場面を写真に取られ、マスコミや警察に騒がれた過去があり、どうも大人になってからも「自分で不幸の中に進もうとしているのではないか」と思えるような行動を取るところがあります。若いツバメを囲う母親をキツく批判する癖に自分も同僚の旦那と浮気していたり、隣人の旦那(かなり年下のはず)を覗き見しながら自慰したり、挙句、自分で開いたホームパーティの場でその旦那を誘惑したりするのです。
なので、圧倒的にかわいそうに見える被害者のはずが、段々「かわいそうに見えなくなってくる」。
そして、それ以外の登場人物たちもみんな知れば知るほど歪んでいて、「誰にも感情移入できない」どころか、「まともな人が一人もいない」という状況に不快感が溜まっていきます。
そのフラストレーションは解消されることなく、心の中に暗く淀んだまま映画は終わってしまう・・・。一応の解決というか一区切りはつくんですが、それも、隣人の奥さんが最後に言う”一言”によって、”不審感”として残ってしまう。全くスッキリしないし、わからないことだらけで不快感もそのままに置いてけぼりに終わってしまうんですが。
ある意味そのせいで、心の中にいつまでも残る映画になってしまうのかもしれません。ハッキリと答えを用意していないからこそ、深読みが出来る隙間があるというか。
まとめ
『氷の微笑』の監督と、『ピアニスト』の主演女優の組み合わせ、と言えばそれだけでどういう内容の作品か予測できる人はいるかもしれませんね。
この作品は、アカデミー賞やゴールデン・グローブ賞などで賞も受賞していますし、海外での評価はかなり高めです。
変態達が集まったような内容で、不可解で不快だからと言って「決してつまらなくはない」し、考えれば考えるほど味が出て深みが増す映画だと思うので、あまり好き嫌いをせず一度は観てみて!と言いたくなる不思議な作品です。
ただ、男性よりは女性の方が楽しめるかもしれません(不快に思うのも女性が多いかもしれないけど)
何よりも、64歳とは思えない美貌と色気を放っている、主演のイザベル・ユペールの演技が本当に素晴らしいです。体当たりしているだけではない、ただそこに立ってこちらを見つめてくる、それだけでものすごい迫力なんです。
ぜひとも彼女のあの怖いほどの魅力は、映画館で観て頂きたいな、と思います。